従業員の“幸せ”は日々の活動で作れる
ウェルビーイング経営を取り入れ会社の業績をアップしよう
最近、「ウェルビーイング」という言葉がブームになっています。良好な(well)状態(being)という意味で、身体の「健康」、心の「幸せ」、社会の「福祉」を合わせた、体と心と社会が良い状態であることを言います。このウェルビーイングを経営に役立てようという動きもあります。特に、従業員の身体の健康だけでなく、心が幸せであることを重視し、それに向けた取り組みを行う企業が増えています。なぜ、今必要なのか、どう取り組めばいいのかを、ウェルビーイング学会会長で慶應義塾大学教授の前野隆司氏に聞き、まとめました。
幸せな社員は創造性も生産性も高い
今、ウェルビーイングが脚光を浴びているのには、社会的と学問的の2 つの理由があります。前者はよく言われるように、モノの豊かさから、心の豊かさを求める時代に入ってきているということです。資本主義や個人主義、右肩上がりの経済には限界が来ています。モノは十分あるのに幸せを実感できない人もいるかもしれません。環境や貧困、格差の問題も露呈しています。これらを改善する考え方としてウェルビーイングが注目されています。
もう一つが、後者の学問的な側面です。近年、欧米を中心に幸せの研究が統計学的な手法を用いて進み、科学的に効用が証明され始めています。特に、企業に関係のある点に言及すれば、幸福度の高い社員の創造性は、そうでない社員を比べて3 倍高く、生産性は31%高く、売り上げも37%高いという結果が示されています。加えて、欠勤率が41%、離職率が59%も低く、業務上の事故が70%も少ないという研究結果も発表されています。つまり、社員が幸せであるか否かが、会社の業績や業務を左右することが、明らかになってきたのです。
4つの因子が従業員を幸せにする
これは重大な発見です。従来、単なる感情と捉えていた「幸せ」というものが、従業員のパフォーマンスや会社の業績にも影響を与える可能性があるとなれば、それを向上させる活動を行う価値は十分にあります。では、どのように考えて取り組めばよいでしょうか。
まず、押さえたいのが、人はどういう心の状態になれば幸せと感じるかです。それは4つの因子に分類されます。1つ目が、どんな仕事でも「やってみよう」と主体性、やりがいを持つことです。そうした人は幸せを実感できます。2つ目が「ありがとう」の精神です。感謝、つながり、利他性や思いやりを持つ人は幸せを感じられます。
3つ目が、「なんとかなる」という気持ち。前向き、楽観的でポジティブ、チャレンジ精神がある人は幸せな気分になれます。そして、4つ目が「ありのままに」ということ。他者と比べ過ぎず、自分らしさを持っている人は幸せです。すなわち、この4つの因子を伸ばせるように、従業員に働きかけていくことが、ウェルビーイング経営のポイントとなるのです。
朝礼で互いを褒め、感謝する時間を作る
具体的にできる取り組みも見ていきしょう。一つは、前出の因子を実践してみることです。例えば、朝礼の時に二人一組になって、数分間、相手ならではの良い点や個性を褒めたり、日頃の行いに対して感謝を言い合ったりします。個性に関しては、優しい、コツコツ頑張れる、何かのスキルを持っているなど何でも構いません。
最初は照れ臭いかもしれませんが、定期的に行っていくうちに慣れていき、普段からそれぞれの良いところを見るようになります。そして、最終的には改めて場を設けなくても、常日頃から褒め、感謝の言葉を伝えるのが習慣となります。人は自分の個性が認められ、褒められると「あるがままでいい」と思うことができ、幸せな気持ちになります。また、相手を思いやり、感謝を伝え合うことにより、互いが幸せな気分になれるのです。
掃除は利他の精神を磨くのに最適な行為
実は、会社の中や外の掃除も非常に効果的です。掃除は物を大事にする行為であり、工場の周りもきれいにすることは、他人のために何かを施す「利他の精神」を磨くのにも最適です。他人の役に立てると、人は幸せを感じるのです。ただし、掃除にはポイントがあります。それは、「嫌々」やらず、楽しんでやることです。
そのために必要なのが、掃除をしている互いを褒めること。「掃いたところ、すごくきれいになったね」「油をふき取るのが丁寧でうまいね」など、言い合っているうちに楽しくなります。こうして言葉掛け一つ変えるだけで、「もっときれいにしよう」という主体性や相手への思いやりの醸成につながり、幸せを感じる時間が増えていくのです。
毎朝、全員で改善することを楽しく発表
「なんとかなる」の因子も磨くことはできます。この因子はチャレンジ精神や前向きになることが鍵です。簡単な取り組みでいえば、大きな声で挨拶すること。それだけでも自分も回りもポジティブな気持ちになれます。
また、毎朝、従業員全員で、その日に自分が改善や達成をすること、もしくは、会社で改善したいことを発表していくのも有効です。仕事の目標でも、片付けや接客の方法でも、あるいは、休憩所やエントランスに花を飾ることでもよく、制約はありません。大切なのは義務感で発表するのではなく、生き生きと楽しい時間にすること。そのために誰かが発表した時は、「それはいいね」「頑張って」と積極的に言い合って元気な雰囲気にするのです。そうやって、小さなことでも日々チャレンジして、褒められ、励まされることで、皆が幸せな気持ちを共有できるようになります。
こうして、基本的には互いに褒め、励まし、感謝することで、幸せは"作る"ことができ、それが従業員や会社自体の数字を向上させる原動力になります。このウェルビーイング経営を始めるにあたって大事なのは、個々が「幸せになること」が会社を良くするために重要である点を理解することです。そのためにも、本記事を参考にそれぞれの社内で話し合ったり、勉強会を開いたりすると良いでしょう。
前野隆司氏
プロフィール:1984年東京工業大学卒業、86年同大学修士課程修了。キヤノン、ハーバード大学訪問教授などを経て、現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を兼任。『ウェルビーイング』(日本経済新聞出版)など著書多数。YouTubeで「前野隆司」で検索し、動画を見るのもお薦め。